創業までの道程


建築従事

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建築屋への想いを貫く

出稼ぎから帰った17歳の春、大工さんへの夢を捨て切れず、
地元の建築屋さん(現、第一建築合資会社)の親方のところへ
相談に行き弟子入りを志願。家族の生活もあるので
「小遣い銭では困ります。」と、一生懸命働く事を条件に日給で
弟子にしてもらいました。

大工職の弟子にはなれたものの、学校に行けない悔しさからか、
「自宅でも出来る勉強を!」と思い、通信教育の学校に
入学しました。
東京の学校から問題集が送られて来るのですが、
仕事を終えた夜間に解答し送り返す日々、とにかく学びたくて
そんな事を続けていました。


冬になると積雪のため、仕事が無くなるのは建築業も例外ではありませんでした。私も、小嶋家の親戚筋で、千代田内幸町で建設会社の専務をしていた方を頼り、出稼ぎとしてお世話になることになりました。会社の社長は宮内庁で課長を務められた方で、宮内庁や関東財務局等の仕事が多く請け負っていました。当時24歳だった私は木造の仕事が好きでしたので、関東財務局職員寮の仕事を担当させて頂きました。柏崎地方や東北地方から大工職人を大勢集めて工事を進めていきました。現在で言う「現場監督」のような仕事です。そんな努力が認められてか、年間を通して会社の仕事をするように勧められ、以後、東京で働く事となりました。


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